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岡山地方裁判所 昭和23年(行)24号 判決 1949年1月17日

原告

池田德太郞

被告

岡山縣農地委員会

上市町農地委員会

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担する。

請求の趣旨

被告岡山縣農地委員会が昭和二十二年十二月一日爲した原告の訴願を棄却するとの裁決はこれを取消す。被告上市町農地委員会が別紙記載の物件につき爲した農地買收計画はこれを取消す。

事実

原告訴訟代理人は、その請求の原因として、

一、原告は岡山縣川上郡湯野村大字東油野に居住し、同村所在の自作地につき耕作の業務を営むものであるがその所有に属する別紙記載の農地を昭和十六年阿哲郡上市町大字西方窪田長太郞に何時でも返還する約束で賃貸した。

ところが長太郞は昭和十六、七年度において若干の小作料を延滞し、昭和十九年十二月には病氣で耕作が困難であるとて右農地の返還を申出たが原告から農耕を俄に廢するの不利なるを告げられて更に一年間耕作を続け、同二十年末には該農地を原告に返還することを約した。

よつて原告は右農地の返還を受けて、その一部を宅地となし、住宅を建て、これに移居し、残地は自作しようとして準備一切を整えていたところ長太郞は昭和二十年一月に死亡し、二男福松が相続して右農地の耕作を続け、約束の期限である昭和二十年末に至るもこれが返還をしない。なお原告は居村の農地委員に公選せられ就任したためその公務の都合上一時右地上に移居して右農地を耕作することができなかつたのであるから右農地は自作農創設特別措置法第五條第六号同法施行令第七條第三号に該当するものである。

二  右農地は伯備線新見駅より三百米内外の所に在り新見から廣島縣東城に通ずる幹線縣道に沿つていて近隣には諸工場相次いで建設せられ所謂工場地帯に属し、同法第五條第五号に該当するものである。

從つて右一二のいずれにもせよ上市町農地委員会がその権限を正当に行うにおいては右農地は買收せらるべき筋合のものではないのに、被告上市町農地委員会は右事実を無視し裁量権を濫用しこれが全部を買收計画に編入し、被告縣農地委員会は昭和二十二年十二月一日右に関し原告の申立に係る訴願を棄却した。

以上被告等の各処分はいずれも違法であるからその取消を求めるため本訴に及んだと述べた。(立証省略)

被告等訴訟代理人は、本案前の抗弁として、原告が違法を主張する一二の事実の認定はいずれも農地委員会の自由裁量権に属せしめられたものであるから裁判所はその当否を審査することができず、從つて本訴は失当である。と述べ本案に対して、原告主張事実中原告がその主張の地に居住して本件農地を所有し、これを窪田長太郞に賃貸していたこと、長太郞死亡により福松が相続を爲し、右農地を耕作していること、右農地が新見駅より三百米位のところにあり、幹線道路に沿つていること、及び訴願があり、棄却の裁決があつたことは認めるが、その余は爭う。而して本件農地を所謂不在地主所有の小作地として被告上市町農地委員会が買收計画を立てたのは適法であり、從つて又被告岡山縣農地委員会が原告申立訴願を棄却した裁決も違法ではない。と答えた。(立証省略)

理由

被告等は原告の本訴請求は裁判所の審査の範囲外のものであると主張するけれども、原告主張の要旨は、被告上市町農地委員会が原告所有の本件農地を所謂不在地主の小作地として買收計画を立てたが、同被告は本件農地について、原告が自作するものと認め且つその自作を相当と認めるべきであり、又被告岡山縣農地委員会の承認を得て指定すべきであり、而して右認定乃至指定を爲すにおいては本件農地は買收にかからないのに、同被告の権限の濫用によつて結局右は自作農創設特別措置法第五條第五号及び第六号該当の農地たる事実を無視してなされた違法な買收計画であり、これを不服として申立てた原告の訴願を棄却した被告岡山縣農地委員会の裁決も亦違法な処分であるからこれが取消を求めると謂うにあつて、右は所謂廣義の裁量処分に属する事項を対象とするものと解せられるが、しかも農地委員会が前記條項規定事由の認定を爲すに当つては自作農創設特別措置法及び客観的諸事情に即した社会的見解に從わなければならないのであつて決して同委員会の自由意思による決定に委ねられているものでないと解すべきが故に本訴は所謂法規裁量の処分事項を対象とするもの謂わなければならない。

從つて本訴が裁判所の審査の範囲に属しないとの被告等の抗弁は採用に値しない。

よつて本案について考えるに成立に爭なき甲第一号証の一、二、三、に証人小林乙五郞の証言並びに弁論の全趣旨によれば本件農地を被告上市町農地委員会が所謂不在地主の小作地として、自作農創設特別措置法第三條第一項第一号に該当するものと認めて買收計画を樹立し之を不服として原告が異議の申立を爲したのに対し、同委員会が異議相立たずと決定しその決定に不服なりとして原告が被告岡山縣農地委員会に対し訴願を提起し該訴願が昭和二十二年十二月一日付をもつて棄却され(この点爭なし)たことが明かである。

原告は右農地をもつて前記法第五條第六号(同施行令第七條第三号)該当地なりと主張するが前記買收計画樹立時の前後を通じ該農地所有者たる原告は農地所在地に居住せず又該農地を自作したこともなく川上郡湯野村に居住しており、しかも農地は阿哲郡上市町に所在して昭和十六年以降昭和二十年一月までは小作人窪田長太郞において、爾後は同人の相続人福松が耕作中なることは原告の自認するところであり、前示檢証の結果によれば現状が麦の生育しておる田であることも明かであるから原告が湯野村農地委員に就任したからとて被告等が右農地を、所謂不在地主が他人に賃貸小作させているものとして、前記法第三條第一項第一号該当のものと認定して買收計画を立てたのは相当であつて何等違法な点は存しないと謂うべきである。

次に原告は前同法第五條第五号該当地なる本件農地を被告上市町農地委員会がその裁量権を濫用してこれが買收計画を立てたと主張し、本件農地が新見駅より約三百米の位置にあり、幹線道路に沿つていることは、被告等の認めるところであり、檢証の結果によるとその附近には小規模の工場、住宅等が散在することも認められるけれどもこれのみをもつては未だ本件農地が前記條項該当地と爲し難いのみならず、前顯証人小林乙五郞の証言、檢証の結果に弁論の全趣旨を綜合すると、本件農地を他の目的に使用するということも明確でない事実、被告上市町農地委員会としては被告岡山縣農地委員会の承認を得て指定する意思はなく且つ同町農地委員会が右指定をしていない事実が認定される。右認定に牴触する証人田辺文次郞の証言部分は措信しないし爾余の原告提出に係る各証拠に依るも原告主張の事実を肯認するに由なきところである。從つて同町農地委員会が同法第三條第一項第一号該当地として本件農地を買收したのは相当な処置であつて自由裁量権を濫用してこれをしたものということはできない、然らば、右買收計画の違法を主張し、これを前提として前記被告等の各処分の取消を求める原告の本訴請求はいずれも理由なしと謂わざるを得ない。

そこで訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文のとおり判決する。

(目録省略)

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